きし
きし

このページを開いた下さってありがとうございます。

きしろぐを運営しております「岸 和希(きし かずき)」と申します。

 名前 岸 和希(きし かずき)
 職業 美容師・ブロガー
年齢 30代
 出身地 和歌山
 家族 妻

簡単な経歴

和歌山県和歌山市出身、和歌山市育ち

美容歴14年(2004年〜)  

きしろぐ運営歴1年半(2016年10月後半〜)

本格的にブログ活動開始(2017年4月〜)

美容師をしながらブログを書く目的

現在では雇用していただいて地方で美容師をしています。

いわいるサラリーマンというやつ。

仕事をしながらでも、世の中の髪の悩みを持っている女性のサポートになるような情報を提供できればいいなという事がキッカケでした。

 

美容師に就職しだして10年経過して、これが自分の限界だということを悟り、新たな試みとして個人ブログを立上げてみました。

今は、美容師とブログで生計を立て独立をすることを目標にしています。

ぼくは自分のブログに、ぼくの記録を残すことで、読んでくれた人に「役に立つ情報」だと感じてもううために書いています。

そして、色んな人に

美容師という仕事の素晴らしさ

を伝えたい。

そして、ブログを通じて色んな人の

髪をキレイにする情報

を伝えたい。

という感じがぼくがこのブログを書く目的です。

 

さらに、同時にブログへの可能性を感じて、未来での集客や収益をも目標としています。

主に発信していること

このブログでは、ぼくの教えたいことや、興味のあること、自分の考えを発信しています。

きしろぐの「3つのカテゴリー」
  1. 美容
  2. ブログ&日々
  3. デッサン

3つのカテゴリーを軸に発信し続けます。

きし
きし
基本的に美容師・ブログ・デッサンの特化性の高いブログになっていますが、どれか一つでも興味を持ってくれたらいいなぁと考え、日々更新しています。

 

家族構成

両親は健在。

ぼくと弟。

そして、今は妻と二人暮らしです。

>>>素晴らしい結婚式を挙げる事ができました

趣味

  1. デッサン
  2. ボクシング
  3. ブログ

他にも複数のブログを運営しています。

 

好きなタイプ

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きし
きし
好きなタイプは妻です。ほどよいわがままは気持よく聞くことができ、素直に指摘やアドバイスは聞くことができます。
つま
つま
ブログにもよく登場するのでよろしくお願いします。

これからの人生でたくさんの試練があり、自分ひとりでは乗り切れない自信があります。

しかし妻と2人ならどんな困難も乗り切れる気がするのです。

そんな人に出会えてほんとに良かったなと感じています。

美容師2.0

「美容師2.0」とは、美容を通じて美容師人生の小さな経済圏を広げることです。

noteでは、ぼく自身の美容師経済の歩き方と美容師2.0についてをお話します。

ぼくは美容師を始めて、noteを書いている時で15年ほど経過しています。決して大きな目標を持っていたわけでもありませんし、大成してやろうみたいなことも言うつもりもありません。

「自分の周りのいる人を幸せにしながら、手の届く範囲だけでいいからキレイにしてあげたい」

それがぼくの美容師の人生の掲げることです。

note

 

どういう人生を歩んできたか

きし
きし
これから、ぼくがどういう人生を歩んできたかを書いていきます。少し長いのですが良ければ読んで下さいね。

和歌山生まれ和歌山育ち。

「和歌山県出身です」と言えば「え?岡山県?」と聞き直されるのが、定番の和歌山県です。

ぼくの学歴は中卒です。

平凡でなんてない普通の小中生活を過ごし、何か語れるようなものもなく卒業し、中学卒業後は就職となります。

学業にはあまり励んでいなかったため、通信の専門学校で美容師として働きながら美容免許を取得しました

少年期 後半

卒業後はすぐに就職をしたので、少年期の後半からは仕事をしていました。

和歌山の端にある美容室に就職。ぼくの美容室の就職希望は、とても不純な動機でシンプルな理由でした。16歳で就職したのですが、まだまだガキだった当時は、

遅刻や欠勤は当たり前の最低の少年だった

当時の店長達はほんとにできた人ばかりでした。そんなぼくをいつも可愛がってくれました。

第一次覚醒期

ぼくが前の美容室の社長や、店長に唯一褒めてもらったことが

極度の負けず嫌いなこと

誰にしもにある負けず嫌い。しかし、あらゆるところが平凡だったぼくは、そこに全エネルギーを集中することができたのです。

ぼくは元々、能力が全くないといってもいいレベルの人間でした。学歴は中卒、中学時代の部活はやりとげずに途中で逃げ、父子家庭であり裕福でもなく、とにかく中途半端な少年でした。

仕事では、なにをやってもうまくいかずに、バカにされる毎日。

 

年齢も15歳と若いことから、「本当にこんな若い子にカットさせて大丈夫なの?」「こんな若い子にきられるのはイヤだ」と年齢や見た目で判断されることはザラです。

加えて後輩はみんな年上、なにか失敗すればここぞとばかりにバカにされる始末。上司からも、「お前はタオルすらまともに洗濯できないのか?」といびられ、とことんつらい日々でした。

「タオルの洗濯」というのは美容師にとって最も簡単で、入社したばかりであっても問題なくこなせる仕事です。しかし、当時のぼくはそんなことさえできませんでした。

ぼくはやる気だけはありました。むしろやる気は誰よりもありました。

 

上司にはたくさん質問などして自己PRをガンガンしていたし、サロンワーク終了後には夜遅くまで技術レッスンをしていました。自分のことを否定されることを極端に怖がるという性質を抱えていたからこそ、なんとか見返してやろうと頑張っていました。

しかし、やる気だけではなかなかうまくいかなかったというのが正直なところです。

そしてある先輩の美容師に、負けたくないという感情が芽生え「負けたくない」その気持ちの一心でひたすら技術レッスンをしました

結果として、とてつもないエネルギーを発揮したのです

>>>中卒ノースキルで就職したぼくの「たったひとつの才能」

 

そこからは遅刻、欠勤がなくなり、レッスンも真面目にするようになりました。

そこからは365日、1日も休まずにレッスン・サロンワークも効率性や効果性を追求できるようになり、大きな変化となったのです。

そこからはとんとん拍子に技術を習得。

あっというまにスタイリストデビュー。

しかも当時のデビュースピードは歴代トップ。

少年期ラストの20歳前には、なんと店長に就任することにもなりました。

 

ぼくの当時の憧れは店長だった

恩師だった社長と店長に憧れをもっていたので、店長就任というのは目標というか、限りなく夢に近いものになっていました。

なにもない平凡なぼくが初めて一生懸命になったのが美容師でした、就職する動機すら不純だったぼくの夢はいつしか「美容室の店長」になっっていたのです。

そして、たくさんの人に支えてもらい頑張れた結果、夢だった店長に就任することができたんです。

青年期 前半

しかし、夢だった店長になれたのも束の間、売上の停滞と経営戦略もありサロン自体を閉店して規模縮小することになりました。

そして、ちがう店舗のスタイリストとして移動することになりました。

転落期

店長からスタイリストに降格とはいえ、落ち込むことなくさまざまな仕事にチャレンジしていきました。

取り柄のなかったぼくが仕事を任せてもらうことに喜びを感じていたからです。

そんな前向きで、肯定的な考えはたくさんの評価をもらえることが多かったです。

そして、何事も上手くいっていたぼくは、周りの環境のおかげを自分の力だと過信し、傲慢になり自尊心のかたまりになってしまったのです。

たくさんの恵まれていた環境を忘れ、おごり、さらには周りに見透かされてどんどん転落していきます。

同時期にヘルニアが発症し、重ねてさらに悪い方向に向かいます。

スタッフやお客様とも上手くいかなくなり、身体も精神もボロボロになりながら仕事の毎日、

そんな時にある事件がおきます。

 

お客様からの大クレーム

それが原因となり、約7年ほど在籍していた美容室を退職することになりました。

自業自得とはいえ、退社した時ほど泣いたことはありませんでした。

「人は無くなってから気づく」なんてよく言ったものです。

ほんとにバカだったんだなとあれほど後悔したことはありませんでした。

たくさんお世話になった人に、迷惑をかけてしまった・・

そんなことを死ぬほど後悔しました。

 

一度は美容師をやめようと

そのぐらいのダメージがありました。

心身ともに回復の見込みはないくらいの痛手を追ったのです。

もちろん、何度も辞めようと思いました・・・

初めて一生懸命したことが嫌いになれなかったんです

よくよく考えさせらる時期でした。なぜ「自分はできたんだろう」と。色々と考えてたら、

美容師が好きになっていたんです。

まぁ、いまさらって感じですが・・・。

もともと、美容師になりたかったわけでもないし、生業にするために必死になっていただけなんです。

給料のために頑張っていたつもりだったし、仕方なくしていたつもりだったんです。

でも、気づいたらぼくには美容師しかないんだなぁ…と

 

少年期 後半

あれこれ考えた結果、美容師に復職し色んな美容室を探しました。

美容室はどういうところで働くべきなのか?自分の中で考えてもいなかったことに直面します。

何も考えず就職した15歳の時にはなかった、未来を考える思考はさまざまなさまざまな選択肢を削りました。

  • 福利厚生
  • どんな上司や先輩がいてるか
  • 自分の成長要素
  • 美容室の経営状態

など考える幅が増えた分、逆に美容室を選ぶ基準が狭まっていきました。

大衆美容室に就職。

大衆っていうのは、担当など決まっておらず、とにかく回転率を重視した美容室

なにも考えずに美容師ができると思い、3年ほど勤務をしました。

社畜美容師です

結局、自分は美容師から逃げたくはなかったけど、美容師と向き合えるほどメンタルが回復しているわけでもなければ、強くもなかったんですよね。

そして、回転率を重視する美容室大っていうぐらいだから、普通の3倍の人の髪は切りましたね、おそらく。

ひたすら切って、切りまくって、切りまくって、

・・・・・・

・・・・

・・・

・・

でも、胸の奥のぽっかり空いた穴が埋まらなかったんですよね。

「やりがい」というものが感じられない毎日だったんです。

使命というものがなく、ただただ切るだけの毎日に作業化された美容師に、やりがいを無くしてしまっていました。

そして、考えつく限りのチャレンジをした後に、環境を変えてみることにしました。

 

現在の美容室に就職

タイミングと運要素的なこともあり、就職後1ヶ月ほどで店長就任。

前美容室で店長になっていた時に比べ、人も環境も大きく変わり、それまでのセオリーなど全く通じず、人材教育の難しさを痛感したり、経営の難しさなど勉強したりしました。

そして、営業部長兼任もすることに。

しかし「美容師の営業部ってなに?」って感じで、なにをしたらいいんだろう?と色々と試行錯誤し、ブログにたどり着いたのが1番のきっかけでした。

営業といえば、直接お客様にアプローチするものではなく、間接的にアプローチするものだと考えていたので、美容師の営業は難易度が高く、技術だけしていたぼくにとっては先の見えないものでした。

しかし、SNSの普及とともに少しづつ美容室の営業を自分の中に理解しだし、勉強しました。そこからはひたすら情報をリサーチ・インプットする毎日です。

そして、ついに2016年6月個人メディアを立上げました。

しかし10月に個人ブログをぶっ潰してしまうという失態を。

そしてすぐ再興、今の「きしろぐ」に至ります。ぼくの魅力はこういう「あきらめないこと」だなと今思い返すと感じます。

そして、2016年11月美容コンテストにてデッサン部門で『日本一』になりました。

鉛筆デッサンで日本一になった作品。

 

『きしろぐ』というブログをもっと進化

このブログは、書く事が好きなので更新しています。

もっともっと、たくさんの人に見てもらえるように進化させたい。

もっと作りたい記事っていうのも頭の中に構成で浮かんでいます。

髪に関してのカタログやブログが増えてきましたが、もっと役に立つコンテンツを充実させていきたいと考えています。

 

きし
きし
最後まで読んでくださいありがとうございます、色々見てください!よろしくお願いします!︎